クライミング金属材料(2) 腐食いろいろ

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前回に引き続き、クライミングに用いられる金属材料について、今回は腐食をテーマに、プロテクション用途で考慮すべき内容を扱ってみます。

腐食の原理

安定な状態

鉄をベースとした合金(炭素鋼、低合金鋼、ステンレス鋼等)やアルミニウムをベースとした合金(アルミニウム合金)は、もともとは鉄鉱石やボーキサイトといった酸化した状態で自然界に存在しています。その方が、鉄やアルミニウムにとっては自然な、言い換えるとエネルギーが低くて安定な状態であるからです。それらを、人類が使いやすくするため、熱や電気のエネルギーを加えて精製したものを、クライマーはハンガーやカラビナとして使用しています。

精製された金属は、いわば、もとは谷の底で安定していた物体を、坂道を登ったところの台地に持ち上げているような状態です。ちょっとしたきっかけがあれば、金属はより安定な状態である谷底へ転がり落ち、酸化された状態に戻ってしまいます。トレーニングを怠れば筋力は低下し、高い所にある物は重力に引かれて落下し、天気のいい日に洗濯物を干せば水分が飛んでパリッと乾く。すべからく、この世の中には放っておいたら勝手に進んでしまう大きな流れがあり、腐食という現象も、その一つと理解できましょう。

腐食は局部電池によって進行する

中学校の理科の授業で、2種類の金属を導線でつなぎ、金属をレモンとかの果物に突き刺すと電流が流れるというような実験があったかと思います。このようなイメージです(http://bicosya.com/kyouzai/catalogue/k1001.shtml)。豆電球が光るということは電気の流れが発生しているということで、ということは金属のどちらかがプラス極となり、どちらかがマイナス極となっているということです。

この際、マイナス極となっている金属が少しずつ溶け出しているのです。腐食という現象は、基本的にはこのような電池の反応、電気化学的反応が根本にあります。でも、例えば炭素鋼を単体で外に放置しておいても腐食するじゃないか、というのはもっともな疑問です。海べりにある鉄のチェーンが腐食することは誰でも知っています。

▲海岸沿いの手すりに設置されたさびたチェーン

実際は、炭素鋼単体であっても、局所的な腐食電池ができているのです。細かい目で見ると金属表面には凹凸があり、凸部分では金属原子が飛び出しやすいのでマイナス極になる、というイメージです。金属表面には原子サイズのマイナス極とプラス極が無数に存在しており、微小な腐食電池がたくさんある状態です。このような腐食電池はミクロ腐食電池と呼ばれます。細かな凹凸の凸部が腐食で失われると、また別の凸部が現れてマイナス極となる、という変化をランダムに繰り返して、全体で見ればどこか一箇所ではなく均質に腐食し減肉していきます。

一方、異なる金属を接触させた腐食電池は、マクロ腐食電池と呼ばれます。マクロ腐食電池ではマイナス極が固定されているため、その場所のみが一方的に腐食します。後述する異種金属接触腐食はマクロ腐食電池そのものです。

腐食が進む条件

このような腐食電池の反応が進むには、液体の水と、酸素があることが不可欠です。酸素は大気中に20%含まれていますが、岩場のプロテクションは多少雨に濡れることはあっても、常に濡れている訳ではありません。実際、水分がほとんどない砂漠では、腐食は極めて少ないと言います。

幸か不幸か、日本は湿潤な環境なので、降雨、結露、湿気などによって金属表面に水分が与えられ、腐食が進んでしまいます。さらには、海に近い環境(臨海界大気)であれば海から運ばれてくる塩分である海塩粒子の濃度が高かったり、工業地帯に近い環境(大気)では二酸化硫黄などの大気汚染物質の濃度が高かったりするので、下図のように、腐食の程度には地域差があります。クライミングの対象になるのは田園大気に分類される地域が多いと思いますが、シークリフだと当然臨海大気になりますので、腐食量は多くなります。また、近年は、酸性雨の影響によって、山間部においても腐食しやすくなる傾向にあるようです。

▲大気の種類による腐食量の差[1]松島 巖 (2002). 腐食防食の実務知識, オーム社, p. 123.

腐食の形態

金属材料の腐食形態としては、大きく分けて次の3種類があります。

  • 全面腐食:表面全体が均質に腐食
  • 孔食・すきま腐食:局部的な侵食が速い腐食
  • 異種金属接触腐食:異なる性質の金属が接触することで、どちらか一方だけが優先的に腐食する現象
  • 応力腐食割れ:腐食環境中にある金属が引張強さ以下の応力で割れてしまう現象

全面腐食

ミクロ腐食電池が全体的に作用して金属表面全体が平均的に腐食し減肉する現象です。アルパインクライミングのルートでボロボロに朽ち果てて抜けているハーケン、真っ黒になってやせ細ったリングボルトを見かけることがありますが、これらは全面腐食によって表面から全体的に酸化が進み、酸化物となった鉄がボロボロと剥がれて減肉してしまい、体積が減少した状態です。

大気中における腐食の進み具合から金属材料を分類すると、下表のような4つのグループに分かれます[2]松島 巖 (2002). 腐食防食の実務知識, オーム社, p. 10.。全面腐食を気にする必要があるのは、基本的にはグループ4に属する鉄や鋼です。全面腐食は目視でそれと分かるので、よく観察して気をつけたいです。

グループ金属特徴
1金や白金などの貴金属基本的に腐食しない。その方がエネルギー的に安定。
2ステンレス鋼、クロム、チタン、アルミニウムなどの耐食性に優れた金属普通には金属光沢を保ち腐食しない。不動態皮膜を持つ。
3銅や亜鉛腐食は進行するものの、その速度は低い。
4鉄や鋼継続して腐食する。
▲耐食性による金属の分類

関西最古のクライミングエリアと言われている六甲山の堡塁岩(ほうるいいわ)には、今なお、鋼製のリングボルトやハーケンが健在です。もともと、スポーツクライミングのアンカーのように思い切りフォールするようなルートではありませんが、静荷重でテンションする程度であれば、まだかろうじて耐えてくれそうな感じではあります(下図)。

▲堡塁岩に残されたリングボルト。表面には全面腐食によって表面はさびて減肉が進んでいる

このように、南向きで陽当りがよく、大気環境も良好であれば、数十年という長い歳月を経過しても、元型をとどめていることもあります。鉄色にかがやく先人達の残置ボルトに、長い歴史を感じてしまいます。

孔食・すきま腐食

局部腐食の代表的な形態が孔食(こうしょく)です。平均的には腐食による減肉があまりないのに、1箇所または複数の箇所で孔状の侵食が深く進んでしまう腐食形態で、ときに貫通孔をもたらすこともあります。

ステンレス鋼の場合、塩化物イオンを含む環境で、孔食が発生する傾向にあります。オーステナイト系ステンレス鋼を代表する鋼種である304ステンレス鋼は特に孔食に弱く、不動態皮膜が塩化物に攻撃されてしまうためと考えられています。塩化物に対する不動態皮膜の抵抗性を高めるためには、クロム、モリブデン及び窒素の含有量を増すことが有効です。

すきま腐食は、極薄い、数十μmのすきまに水分中の塩化物やその他不純物がたまって濃縮されることで周りの環境と異なってしまい、それが原因となって発生する腐食現象です。

異種金属接触腐食

いしゅきんぞくせっしょくふしょく、字面が黒くて読む気が失せます。電池作用腐食(galvanic corrosion)とも呼ばれます。ハンガーとボルトが別々の材料で構成されているとき、ボルトだけ著しくさびてしまうケースが、異種金属接触腐食です。下図は、ステンレス鋼製ハンガー・ボルトと、鋼製カットアンカーを組合せたことによる異種金属接触腐食の例です。特にカットアンカーでは、外観からは内部の腐食状況を確認できないため、非常に危険です。異なる材質の組合せは避けるのが肝要です。

▲ステンレスハンガー・ボルトと鋼製カットアンカーの組合せによる異種金属接触腐食の例(写真提供:日本フリークライミング協会(JFA))

下の表は、海水の中での金属の腐食しやすさ(電位列)を示すものです。左上の「卑」と書いてある側ほど腐食しやすく、右下の「貴」と書いてある側ほど腐食しにくいというランキングです。2種類の金属を組合せた際に、卑側の金属がマイナス極となり、腐食します。ステンレス鋼には「活性」と「受動態」の2種類が記載されていますが、我々クライマーが扱う範囲では「受動態」の部分に着目しておけばいいです。

▲海水中の自然電位列[3]長谷川 正義 監修 (1973), ステンレス鋼便覧, 日刊工業新聞社, p. 772.

例えば、316ステンレス鋼と合金鋼を組み合わせると、合金鋼の方が卑となるので、合金鋼が腐食しますよ、ということがこの表から読み取れます。また、アルミニウム合金(Alで始まっているシリーズ)と合金鋼を接触させると、今度はアルミニウム合金が卑となります。あれ、アルミニウムは不動態皮膜が形成されるので腐食に強いのでは、というのは正しい疑問です。上表の電位列は海水中でのもので、アルミニウムの不動態皮膜は海水に含まれる塩化物に極端に弱いため、合金鋼よりも腐食しやすいのです。

ステンレス鋼にはいくつか種類がありますが、例えば304と316を接触させたとしても、電位列は似通った部分にあり、かついずれも同じ程度の耐食性であるので、異種金属接触腐食についてはほとんど問題になることはありません。

異種金属接触腐食は、卑な(腐食しやすい)金属の腐食を促進してしまう困った現象ですが、逆も真なりで、逆手にとると防食に役立てることができます。すなわち、より弱い金属を接触させておいてやれば、例えば炭素鋼のボルトにマグネシウムや亜鉛をくっつけておけば、マグネシウムや亜鉛がスケープゴートになって腐食してくれるので、炭素鋼は腐食を免れることができます。このような方法を電気防食といい、身代わりとなる金属はその名も犠牲陽極と呼ばれます。

応力腐食割れ

全体的にみるとピカピカなのに、局所的に腐食が進行し、一点突破でき裂が進行してしまい、ときとして材料が本来耐えられる強度よりも遥かに低い荷重で破断してしまうことがある恐ろしい現象が応力腐食割れです。英語でStress Corrosion Crackingと表記するので、略してSCCと書いたり読んだりします(読み方はそのまま、えすしーしー)。

材料を引張る方向に力が加わっていること、腐食環境下にあること、その腐食環境下において材料が応力腐食割れの感受性を持つこと、これら3条件が重なった場合に発生する現象です。いずれか1つの要素を取りさることが応力腐食割れ対策の常套手段です。

2015年にFIXEのビレイアンカーのチェーン部分が破断した事例は一部の人々を震撼させました。終了点という重要な部品で、そうそう大きな荷重がかかることもない部分のチェーンが破断しているのですから、恐ろしいことです。幸いにも、2つに分散されたチェーンの片側のみでの破断であったため、事故には至らなかったようです。

▲FIXEのビレイアンカーの破断例[4]UIAA, SAFETY ALERT FOR FIXE LOWER-OFFS

この事例では、チェーンの溶接部近傍(つまり溶接熱影響部)が破断しており、FIXE社のWebサイトから辿れる一連の記載によると、事実は以下のようです。

  • 材質はA2ステンレス鋼(304ステンレス鋼に相当)
  • 設置場所はスイミングプール近くの屋外ジム
  • FIXEが分析を依頼した専門機関の見解によると、原因は応力腐蝕割れと推定される

ということで、溶接熱影響による鋭敏化が関係した典型的な応力腐食割れと推定されます。おそらくは、①材料の炭素量が多かった and/or 溶接時に700℃前後の鋭敏化範囲となる時間長すぎたことで粒界クロム欠乏層が生じていた(材料因子)、②溶接時の引張残留応力が作用していた(応力因子)、③プールの消毒用塩素の影響で応力腐蝕割れを起こしやすい環境であった(環境因子)、の3因子が重畳した結果と考えられます。

応力腐食割れがなぜ発生するかということはとても難しい問題ですが、大まかには以下のように考えられています。

  • 引張応力が加わったことで金属表面の局所にミクロな変形が起きる
  • 変形によって、不動態皮膜のない新しい面が露出し、その部分が腐食する
  • 局所的な腐食が進行して割れとなり、その部分に応力集中が起きてさらに変形が進み、腐食が継続する

応力腐食割れは温度が高いほど起きやすく、60〜80℃がステンレス鋼の塩化物による応力腐食割れ発生の下限と言われています。たとえ気温が30℃であっても、直射日光下で熱がこもればこれくらいの温度にはなります。シークリフでは海塩粒子による塩化物の影響も避けられません。プロテクションとして常設されているボルトの応力腐食割れを防ぐには、応力腐食割れ耐性の高い材料に変更することが最良の方法です。

まとめ

腐食の原理としてエネルギーが低い安定な状態に向かおうとする大きな流れがあること、腐食の作用は局部腐食が要因であること、腐食形態として全面腐食、孔食・すきま腐食、異種金属接触腐食、応力腐食割れがあることを、少しの実例を交えながら記載しました。次回は、強度特性についてまとめます。

改訂履歴

  • 2020-05-10:公開
  • 2020-05-11:酸性雨に関する記載を追加。「異種金属接触腐食」に実例写真を追加

References

References
1松島 巖 (2002). 腐食防食の実務知識, オーム社, p. 123.
2松島 巖 (2002). 腐食防食の実務知識, オーム社, p. 10.
3長谷川 正義 監修 (1973), ステンレス鋼便覧, 日刊工業新聞社, p. 772.
4UIAA, SAFETY ALERT FOR FIXE LOWER-OFFS