大山 別山 幻のカンテ (2017-02-4)

最終更新日

間違いなく、僕の登山史上で最も強い恐怖を感じた。

3ピッチ目、雪を剥がして、凍ったチムニーを這い上がる。プロテクションは効いてなさそうなイボイノシシ1本のみ。つかんだ岩が、のきなみ落石と化す。やっとのことでチムニーからもがき出ると、そこは積木でできているかの様なリッジだった。

立っている場所そのものが今にも崩れるのではないか、という疑心暗鬼に駆られ顔面蒼白になり、足が震えた。進まねば。しかしどうしても前に行けない。一歩が踏み出せない。僕には登れない。あのチムニーをクライムダウンするか…。パートナーのY田さんに声をかけると「じゃあオレ行ってみるわー。そこでビレイしてー。腰がらみでも何でもいいけー。」の声。リッジに跨り、腰がらみでビレイしてリード交代。

Y田さんは「おー、こりゃ悪いねー」と言いながらも、問題のリッジを抜けてスルスルとロープを伸ばして行った。これがアルパインクライマーとしての強さか。自分の未熟さを痛感し、頼もしい先輩に尊敬の念を抱いた。

メンバー

Y田(L)、崎間(記)

行程

  • 2017-02-03(金)
    22:30 JR加古川駅集合(関西組)
  • 2017-02-04(土)
    01:00 大山寺着、仮眠
    06:00 Y田さんと合流
    06:30 出発
    08:15 別山基部
    09:00 幻のカンテ登攀開始
    13:00 別山ピーク
    13:50 一般道稜線
    15:45 別山ピークで同行パーティーと合流
    17:30 大山寺に下山、テント泊
  • 2017-02-05(日)
    未明から雨のため行動中止。ゆっくり朝食後、8:00撤収。米子の温泉に浸かってから解散。

詳細

アプローチ

6時、大山寺の駐車場でY田さんと合流し、装備を整え元谷へ向けて歩き出す。今回、僕らは三鈷峰西壁のアイスルートを狙っていたものの、雪で埋まって氷が見えないため、別山を目指すことにした。同行したメンバー2名は中央稜を目指し、僕らは右壁を登ることにする。別山の基部まで行動を共にし、ここで登攀装備一式を付けてから各々のルートに向かう。

Y田さんも初めてという右壁。僕は大山北壁自体が初めて。取付きがよく分からず、なんとなく右壁へ向かっていたつもりが、いつの間にか中央稜に着いた。さてどうしようと見上げると、別山の左端に魅力的なトゲトゲのスカイラインがそびえている。これが「幻のカンテ」で、Y田さんもまだ登ってないとのこと。ではあれに行きましょうか、と中央稜から雪面をトラバースして幻のカンテに取付く。このときぼくは、後々の恐ろしさを想像できなかった。

▲向かって左のスカイラインが「幻のカンテ」

1P目

崎間リード。灌木が生い茂る傾斜の強い壁の下でロープを出す。ロープはY田さんの真新しいシングル60m。しっかりした灌木を掴みながらほとんど木登り。木に乗った雪がつぎつぎに落ちてきて全身雪まみれとなる。傾斜が強いので木を掴んだ前腕がパンプする。ひたすら直登して40mで灌木帯を抜けた所で、灌木とイボイノシシでビレイ。思えばまともにランニングビレイが取れたのはこのピッチだけだった。

▲1P目の途中から

2P目

Y田さんリード。ゴジラの背のように威圧的なリッジが視界をふさぎ、なかなかの迫力だ。2P目はそのリッジ西面の切り立った壁を登る。残置ハーケンの類はなし。ダブルアックスを岩の隙間に打込み、Y田さんが登って行く。なかなかプロテクションは取れないようで、かなりのランナウトだ。ビレイしているぼくも緊張する。「大同心より悪りーなー」と言いつつも見事に登り切った。40m。

フォローでも結構難しく、岩の隙間にアックスが引っかかればラッキーで、それを頼りにバランシーな乗り込みで高度を稼ぐ。唯一のプロテクションであるイボイノシシは引張ったら抜けた。2P目の終了点にはしっかりとしたハンガーボルトあり。これが、ルート中で唯一の人工物だった。

▲2P目を登るY田さん(写真中央やや上)

3P目

崎間リード。リッジの西面をそろそろと進み、ゴジラの背びれに食い込んだ凍ったチムニー状を、雪を剥がして這い上がる。プロテクションは効いてなさそうなイボイノシシ1本のみ。つかんだ岩がのきなみ落石と化す。やっとのことでチムニーからもがき出ると、そこは積木でできているかの様なリッジだった。

▲3P目のチムニーを登る崎間(写真中央の黒い所)

立っている場所そのものが今にも崩れるのではないか、という疑心暗鬼に駆られ顔面蒼白になり、足が震えた。進まねば。しかしどうしても前に進めない。一歩が踏み出せない。ぼくには登れない。あのチムニーをクライムダウンするしかないのか。Y田さんに声をかけると「じゃあオレ行ってみるわー。そこでビレイしてー。腰がらみでも何でもいいけー。」の声。リッジに跨り、腰がらみでビレイしてリード交代。

さらに問題なことに、腰がらみビレイしている途中、左のスクリューホルダーにラッキングしていたアックス(アズターのハンマー)が捻じれたので修正しようとしたら、パカッと外れて弥山沢の谷底に落ちてしまった(登攀終了後回収を試みるも発見できず)。自分が落ちなかっただけでありがたいと思うことにしよう。

4P目

Y田さんリード。「おー、こりゃ悪いねー」と言いつつも、問題の積木カンテを乗越えて進んでいく。ぼくの目に映っていた見えない壁など、Y田さんの前にはなかったようだ。激悪だったのは5m程のトラバース部分だったようで、そこから上は比較的安定しているとのこと。スルスルとロープを伸ばして行く。とはいえ相変わらず落石は多いしプロテクションは乏しい。55m。大山の壁は「心の強さ」と「絶対落ちない力」が試されるなあ。

▲問題の積木を越えてロープを伸ばすY田さん

5P目

崎間リード。山頂までのウイニングラン。傾斜は緩み尾根の幅も少し広くなってきた。ピナクルにスリングを巻いてプロテクションとしながら慎重に高度を稼ぎ、別山ピークにたどり着いた。吊り尾根手前の残置支点には先行の3人パーティー(彼らは右壁を登ったようだ)がいたので、山頂の安定した雪面で、効いているのか良く分からないスタンディングアックスビレイ。青い空に映える弥山、剣ヶ峰、三鈷峰を背景に、Y田さんが登ってくる。

▲5P目を見下ろす。後ろは弥山尾根

下山

別山ピークからは、話に聞いた馬の背の吊尾根を渡る。ここもなかなか怖いが、崩れそうにはないので幻のカンテに比べれば全然ましだ。吊尾根を渡り切ったら、稜線を目指して急な尾根を登る。先行パーティーがちょうどすぐ前にいてラッセルをお借りできた。ありがとうございました。一般道のある稜線に抜け、ようやく平らな所に立てた。ここで、中央稜を登っている同行者2名を待つ。14時前。

▲別山ピークから吊尾根
▲主稜線から日本海を見る

主稜線でしばし待つものの、同行者がなかなか顔を出さないので心配になり、Y田さんと共に再び別山ピークへ偵察に行く。するとタイミング良く同行者が最終ピッチを登っている所だった。16時頃合流。中央稜はまったく陽射しがなくて寒かったようだ。お疲れ様でした。

下山後、適地でテントを張り、Y田さんの豚しゃぶを美味しく頂きながら宴会。明日は雨との予報だが、夕焼けも見れたし、満天の星がかがやいていた。案外晴れるのではないかと期待する。が、翌朝はやっぱり未明から雨。最近の天気予報はよく当たる。僕の用意したトマトチキンラーメンの朝食を採り8時撤収。Y田さんに米子の温泉とレストランを案内頂いた後、帰路に着く。

備忘録

  • アズターを落として紛失してしまったのは反省。リーシュレスのクォークには流れ止めを付けていたものの、アズターにはリーシュが付いていたので油断してしまった。アルパインではあらゆる装備に流れ止めが必要だということが良く分かった。
  • 幻のカンテには11時くらいからずっと陽が当り暖かだった。一方で、別山中央稜は晴れていても全く陽が当たらないので寒そうだった。
  • カーボショッツのパッションフルーツ味はなかなか美味しかった。
  • この日の一番人気は弥山尾根のようで、朝からひっきりなしに登られ、行列が出来ていた。

感想

「幻のカンテ」は浮石が多く、傾斜も強く、残置支点がきわめて少ないためライン取りが正しいかどうかも分からず、本チャン慣れしていない僕にはとても怖かった。その分、初登気分が味わえ、第一線で活躍しているアルパインクライマーの凄さをわずかながら垣間見ることができた。それにしても、Y田さんがいなければ登れませんでした。感謝。