クライミング金属材料(5) 人間味のある金属用語
ともすれば無味乾燥に思えてしまう工学分野において、金属材料にはけっこう人間味あふれる用語がありますので、いくつか紹介してみます。
疲労(ひろう、fatigue)
ただ1度力が加わったところで壊れることがない程度の力でも、何度も何度も、何千、何万、何百万回もの気が遠くなるような回数を受けると壊れてしまう現象を金属疲労といいます。1度や2度ならまあ許せても、何十回、何百回となるともう心が折れてしまう、ということに似ています。
ストレス(すとれす、stress)
外部から受ける力を断面積で割った値のことをストレスと言います。応力(おうりょく)とも呼ばれるこの値は、材料強度を語る上でなくてはならない指標です。たとえ大きな力が加わっていても、受け取る側の器(断面積)が大きければ、ストレスは小さくなります。逆もまたしかりで、ちょっとした力でも受け取る側の断面積が小さければそのストレスは強大になります。器の大きさが問われます。
降伏(こうふく、yield)
金属というのは少しの変形であればもとに戻る性質(弾性)を持っています。例えば、バネはある程度ひっぱっても、元に戻ります。しかし、ある程度を超えてひっぱられてしまうと、変形が残ってしまってもう元には戻りません。
書類を束ねるクリップは多少変形させても元に戻るのでその復元力で紙を押さえてくれますが、むりやり変形させると元に戻らなくなって、クリップとしての用を果たせなくなってしまいます。
この、もとに戻らなくなることを「降伏」すると言います。参りました、降参します、の意味の降伏です。金属材料の重要な性質の一つであり、「降伏強さ」あるいは「耐力」として規定されています。
基本的に、構造物を設計する際には、加わる力が構造材料の降伏強さを超えることがないよう配慮されています。
焼入れ(やきいれ、quenching)
「焼きを入れてやる」と聞くと少々おっかない感じがします。この言葉の由来は、金属材料の熱処理にあります。鋼(はがね、鉄に炭素を混ぜた合金)を強く硬くするために、特定の温度まで加熱してやって急冷させて材質を調整する熱処理のことを、焼入れといいます。
一般的には、焼入れしたままでは硬すぎて脆くなってしまうので、そこそこの熱を加えてマイルドな状態にさせる「焼もどし」もセットで行います。アメとムチみたいですね。
タフネス(靭性、toughness)
あの人はタフだ、の「タフ」は英語のtoughness(タフネス)に由来します。金属にもタフネスという概念があり、日本語では靭性(じんせい)と呼ばれます。さて、タフなあの人はどのような人でしょうか。体力が無尽蔵にあって少しもへこたれない、あるいは困難な曲面にあっても心が折れない強靭さを持っている。そんな加藤文太郎のような人物像が思い浮かびます。
靭性とは、材料が外部からの力に耐える粘り強さのことです。少しの衝撃で容易にパリッと壊れる材質もあれば、ヒビが入った状態でも耐えに耐えて容易にはへこたれない材質もあります。 後者の場合を靭性(破壊靭性)が高い、高靭性(こうじんせい)な材料であると言います。
鍛錬(たんれん、forging)
厳しい訓練を積んで自らを鍛え上げることを鍛錬といいます。金属の分野では、素材となる金属を加熱して打ち鍛え、酸化物などの不純物を絞り出したり、鋳造組織を破壊して微細で均質な金属組織とする過程のことを鍛錬や鍛造といいます。