下山の安堵感
登山の魅力は沢山ある。例えば、自然という人知の及ばない存在を感じることや、自分という1つ生物としての力を向上させられること。そのような魅力もさることながら、僕が最も素晴らしいと思う瞬間は、くたくたに全力を尽くして山から降りて、人類文明の恩恵に包まれる圏内に達した時の安堵感だ。
この安堵感は「ギリギリだった」と思えるくらいに余力を使い果たした時でなければ、感じることができない。しんどかった分だけ、緊張感から解放された安堵感がある。幸せを感じるために、いったん自分を厳しい場所に追い込むという、いささかマゾヒスティックな活動、それが登山、そして下山である。
僕が下山後に大きな安堵感を感じた山行を3つ紹介してみたい。いずれも、単独山行だった。
3つの山行
1. 冬の鋸・甲斐駒・仙丈縦走
2018年の年末、3泊4日で南アルプスの鋸岳から甲斐駒ヶ岳を経て仙丈ヶ岳まで歩いた。戸台河原の駐車場から入山し、鋸岳と甲斐駒ヶ岳を経由して仙丈ヶ岳のピークを踏み、スーパー林道から下山した。大寒波で騒がれるとても寒い年末で、とにかく最初の2泊が強烈に寒く、また、風も強かった。
最終日は寒気が緩み、一般道を下山するだけだと油断していたら、仙丈ヶ岳からスーパー林道までに選んだ丹渓新道はトレースがなく、予想外のラッセルに時間を要してしまった。朝の5時半にテン場を出て、やっとのことでスーパー林道まで降りてきた頃にはもう14時を回っていた。だらだらと長い舗装路を惰性で下っている途中で日が沈んだ。
ラッセル途中で何度もアイゼンをひっかけてしまったらしく、ゲイターにはいくつもの穴が空き、その隙間を通して浸透した水分で山靴の内部に水が浸透していた。日が暮れて、ヘッデンを頼りに自分の車に着くと、もう歩かなくてもいいのだと、エンジンを掛ければ暖房で温まることができるのだと、人間の弱さを感じつつも安堵した。
2. 夏の大峰
大峰の七面山南壁の偵察に出かけた。宇無ノ川を遡行し、七面山南壁のアプローチを偵察して、面沢出合でツエルト泊した。焚き火をして、ウトウトと眠りについたまでは良かったものの、ヤブ蚊のような羽虫に苦しめられてほとんど眠れなかった。
翌朝起きると、睡眠不足でフラフラとし、地形が読めずひどく道に迷って大幅に時間がかかってしまった。いくどか厳しい場面もあった。大幅に時間と耐力を消耗し、運よく稜線まで詰めることができた。どうにか一般道に出た頃には13時を回っていた。
そこから一心不乱に下山。例によって途中で日が沈んでしまった。登山道から下山し、あとは舗装路を歩けば車に到着するはず、と思いきや、暗すぎたしスマートフォンのGPSも位置をロストしたままだしで、駐車スペースの分岐を見失って2時間くらい余計に下ってしまった。水筒の水はとうに尽き、とても喉が乾いていた。意を決してザックを置いて林道を登り返し、車に着いたときの安心感といったらなかった。
3. 冬の黄蓮谷右俣
アルパインアイスのベーシックルートである黄蓮谷右俣を目指した。1日目は概ね予定通り進んで沢中泊。2日目に下山できるかな、と思いきや、稜線までの詰めに猛烈に時間がかかってしまった。ハイマツ帯をラッセルしている間に日没となり、八ヶ岳の麓の街並みに灯る明かりが羨ましかった。甲斐駒ヶ岳の山頂にやっとのことで着いたときは19時を過ぎていた。七丈小屋のテン場に21時過ぎに到着して一泊。翌朝、黒戸尾根を下山して、待ち合わせていた妻子と会ったときの安心感に、思わず笑みがこぼれた。
まとめ
以上が、僕の小さな冒険記録である。振り返ると、何事もない日々が、宝物の様に思えてきた。

