未組織登山者
山岳会に所属するメリット
つい先月、2019年6月末に、6年間所属していた大阪の山岳会を退会し、僕は未組織登山者となった。退会にあたり、特に喧嘩した訳でもないし、引継ぎも一応したし、山岳会の運営陣には事前に事情を説明していたので、正しい手続きで組織を離れることができた(と自分では思っている)。
退会したばかりの僕が言っても説得力に欠けるのだけれど、山岳会に所属するメリットは多い。特に、山歩きの経験があって、雪山やクライミングに興味をもっているものの、どうやって初めたら分からないという登山者にとっては、山岳会に入って経験者と山に行くことに多大なメリットがある。
書籍やインターネットを通じて知識は容易に手に入る。しかしながら、「雪山でテントを張って泊まる」「ロープを出して岩場を登る」等々のアクションを、誰にも教わらずに実行するには、技術はもとより心理的なハードルがとても高い。そのようなハードルを取り払ってくれるのが、実際にやっている人が眼の前にいること、そしてその人に直接教えてもらうことだ。
百聞は一見にしかず。頭でいくら考えても上手く想像できないことでも、当たり前のように実行している先輩の姿を自分の目で見ることで、霧が晴れるように理解することができる。現場で教えを乞うことができれば、たった数日、あるいは数時間で、経験値は飛躍的に高まる。
一方で、登山というのは独学の要素が強い分野だと思う。書籍などの知識だけではどうしても身に付きにくく、踏み出しにくい一歩というのはある。けれど、自分で勉強せずに、誰かに付いて行きさえすれば身に付くというものでもない。
自分なりに調べて試行錯誤してあれこれ考えたけれど、どうしてもここだけが分からない、という状態まで煮詰めておき、そこで誰かに教えてもらう。踏み出せなかった一歩を経験者に後押ししてもらって突破する、その一度の体験があれば、レベルを一気に押し上げることができる。
プロとアマチュア
教えてもらう対象は、山岳会には限らない。僕は、まだクラッククライミングの経験がなかった頃、どうしてもカムでリードするという一歩を踏み出せなかった。当時、山岳会に所属していなかったけれど、一緒に岩場に行くパートナーはいたし、カムも1セット持っていた。簡単なアルパインのルートでは、プロテクションとしてカムを使った経験もあった。本を読んで勉強もした。でも、きちんとジャミングした感覚はまだ未経験だったし、自分でセットしたカムが墜落に耐えられるという感覚がなかった。
そこで、プロのガイドに教えてもらうことを求めて、菊地さんのスクールに申込み、城ヶ崎のシーサイドでカムセットやジャミングについて一通り教わった。この1日の、たった6時間程の経験で、ジャミングが決まるということ、カムをセットする際のトリガーの引き具合、安定してセットできる場所、カムの回収方法、様々な知見を得ることができた。まさに目から鱗だった。
学びたいと思えば、そのような場はいくらでもある。決して悪く言うつもりはないけれど、山岳会の先輩がどの程度の実力を持っているか、事前に把握することは難しい。最も有効なのは、経験豊富で確実な実力を有するプロガイドの講習を、会費を支払って受講することだろう。初心者にとっての山岳会とは、まだ自分が到達していない領域の人々と触れ合うという、ただその1点に価値があるのではないか。
時間差をもつギブ・アンド・テイク
山岳会に入って真面目にコンスタントに活動して3年くらい過ごせば、会の平均的なレベルに到達するだろう(もちろん、活動頻度が低かったり、会の平均レベルがすごく高かったりすれば、そうはならない)。自分自身が山岳会の平均レベルに達してしまえば、会から享受される部分は少なくなり、今度は自分が新入会員に技術を与える番になる。
どの会もそうかもしれないけれど、山岳会に長年所属しておきながら、いつまでも「連れて行ってもらう」立場になりたがる人が一定の割合で存在している。そして、初心者的な誰かを連れて行くのが好きな人というのもまた、一定の割合で存在している。そのような需要と供給バランスによって、山岳会が成り立っているという側面はあると思う。
山岳会というのは時間差をもつギブ・アンド・テイクだと言われている。初心者の頃に先輩から教えてもらったことを、自分が先輩の立場になったときに初心者に教える、というサイクルだ。初心者がある程度成長したときに、今度は自分の後輩に伝える。そのようなゆっくりとした継承が組織を成り立たせる。
さて、このギブ・アンド・テイクは、所属山岳会という小さな枠組みにとらわれなくて良いのでは、と最近は思う。自分が出会う範囲の人に、自分に教えられる範囲のことを伝えていったら良いのではないかと思う。
未組織
一つの組織に所属し続けていると、 以下のような、危機感を感じる場面がある。
継続して山やクライミングに行き続けて自分のレベルがそれなりに上がってきたところに、新人が入る。新人は年下であったり年上であったりするけれど、山岳クライミングという特殊な活動では未経験者なので、こちらが普通にやっていることが最初はできないから「すごいですね」「教えていただいてありがとうございます」となる。
すると、なんだが自分が立派なことをしているような、凄い人間であるような、そんな錯覚に襲われてしまう。新人が絶えず入会してくると、お山の大将のような存在に自分が担ぎ上げられてしまう。そうなると、なんだか良くない気がする。もちろん、僕にとって、という意味で、そのような状況に置かれても謙虚に紳士的に後輩に接する方々も多くいるだろう。
登山というジャンルは広い。縦走、沢登り、クライミング、雪稜、山スキー、それぞれの分野にはさらに枝分かれがある。例えばクライミングであれば、スポーツクライミング、ボルダリング、エイドクライミング、クラッククライミングと分岐する。
ある分野でエキスパートとなったとしても、ある分野では初心者だ。そのような当然の事実も、自分が慣れた範囲から飛び出さなければ、あるいは忘れてしまうこともあるかも知れない。
組織に属さないことは、不安である一方、自由でもある。誰かに頼らず、できるかぎりトラブルを起こさないように、何かあっても自分自身の力で切抜けられるように、これまで以上に準備と実力アップが必要になる。これから僕は、未組織の登山者として、謙虚に、登山活動を続けて行く。