大峰 七面山南壁 Long Hope (2020-10-31〜11-02)

最終更新日

七面山南壁 Long Hope 12p 5.11-。大峰山脈の奥地にある七面山が抱える標高差400mの南壁、そこにつらなる一本のフリークライミングラインを登った。紅葉に彩られる青空の下、ツルベで登り、リードはすべてのピッチをオンサイトで完登。僕にとって、一生の記憶に残るであろう強烈な印象の山行となった。1年前から計画して、下見や情報収集を行い、何度も作戦を練り直し、トレーニングを積んで準備してきた甲斐があった。登山を、クライミングを続けてきて本当に良かった。

メンバー

Eさん、崎間

行程

  • 2020-10-31(土)
    04:50 高砂市
    08:10/08:30 釈迦ヶ岳登山口との分岐(駐車地)
    09:40 林道終点
    10:25 片口谷出合
    11:40/12:10 七面沢出合
    12:10 下降路偵察出発
    15:00 七面沢出合
    19:30 就寝
  • 2020-11-01(日)
    04:00 起床
    05:00 七面沢出合
    06:00 Long Hope 1p目スタート
    08:00 4p目スタート
    11:15 8p目スタート
    14:15 12p目終了
    14:25 七面山東峰
    15:45 楊子ヶ宿小屋
    19:30 就寝
  • 2020-11-02(月)
    04:30 起床
    05:20 楊子ヶ宿小屋出発
    08:00 七面沢出合
    12:05 釈迦ヶ岳登山口との分岐(駐車地)
    13:00/14:10 夢乃湯
    18:45 高砂市

詳細

(1) アプローチ

兵庫県を早朝に出発し、08:10に釈迦ヶ岳登山口と不動橋への分岐を少し進んだ車止め前に駐車。ここにくるのは3度目だ。これまでは単独での偵察のため、おっかなびっくりだった。今回は2人で、七面山南壁を登攀するために向かう。気持ちの良い秋晴れ。2泊分の登山装備に登攀装備を加えたザックを背負い、延々と続く廃林道を、はやる気持ちを抑えながら歩く。

林道終点から急な尾根を下り、宇無ノ川を遡行する。僕は釣り用のウェーダーを着用、Eさんは沢靴にネオプレンソックスとカッパ着用。11月にしては暖かい気候のため、ウェーダー越しだとほとんど水の冷たさを感じない。歩きやすい場所を探して進む。

今年8月にきたときよりも水量は少なく、ときおり膝下くらいの徒渉がある程度。二段の滝(桷川ノ滝)とアメ止渕は右岸を高巻く。ウェーダーの長靴はぶかぶかなので、高巻きやちょっとした段差にも一苦労する。沢装備の方が正解のようだ。

進むに連れて、紅葉に縁取られた七面山南壁が大きく迫る。明日はあの大岩壁を攀じるのだ。出発から3時間強で七面沢出合に到着。テントを設営して一息つく。

▲宇無ノ川を歩く
▲二段の滝は8月よりも明らかに釜が小さくなっている
▲アメ止渕を右岸から高巻く
▲迫りくる七面山南壁

(2) 下降路偵察

Long Hopeの取付きまでは以前に偵察済なので、下降路の偵察に向かう。下降は、トポに記載されている楊子ヶ宿小屋へ続く谷筋を下る予定なのだけれど、沢を忠実に下ると、最下部でゴルジュ地形となると聞く。そのゴルジュを上手く巻く方法を見つけておきたい。

レンゲ谷ゴルジュ入口の滝を左に見て、右の枯れ沢を登り、トラバースしてゴルジュを巻けないか探ってみる。3時間ほど登ったり降りたり藪こぎしたりしてみたものの、地形が急峻なためうまい方法が見つからない。周辺の地形はだいぶ把握できたので、なんとかなるか、と思い本日の行動を終了する。

登攀に時間を要した場合に備え、Eさんが先々週に楊子ヶ宿小屋へ水と食料を荷揚げしておいてくれたので(感謝!)、下降途中で暗くなりそうなら、楊子ヶ宿小屋に泊まれば良い。

水を汲んでテントに戻り、焚火で暖をとりながら、夕食の大盛りスパゲティを食べる。お酒を飲んで前祝いといきたいところだけど、できるだけベストな体調にしておきたいので、今日は我慢。星空を眺め、ラジオから流れる放送をぼんやりと聞きながら、明日のピッチ割り振りを決め、テントの中で眠りにつく。

▲下降路探索途中に眺めた七面山南壁
▲七面山の麓、焚き火で暖をとる

(3) Long Hope登攀

取付きまで

04:00起床。スープとパンとチーズの朝食を摂り、5時過ぎ、月明りとヘッデンを頼りに取付きに向かう。標高差300mの急登を、期待と不安が入り混じる気持ちで黙々と登る。勢い余って少々登りすぎてしまい、南壁の基部に沿って下りながらトラバースすると、右の岩小屋に着く。さらに少し登り返してルンゼに向かって下ると、Long Hopeの1p目取付きに到着。ついにここまで来た。

▲七面沢出合を出発
▲Long Hope取付に到着

下部岩壁(1p目~3p目)

Eさんが1p目 5.10-を登り始める。時刻は06:00。辺りはもう明るい。ロープスケール450mの長大なマルチピッチルートのクライミングがはじまる。この瞬間を頭の中で何度思い描いただろうか。ロープ半分のコールをしてもまだまだロープが出ていく。50m超の1p目の上には、さらに大きな壁がそびえており壮観だ。

続く2p目 5.8は崎間リードで簡単なフェイスを登り、さらに3p目 Cont.の草付き帯を登る。両脇を樹林帯に囲まれたヤブを漕ぐと、スッキリとした上部岩壁が現れる。

▲1p目
▲2p目
▲3p目

上部岩壁(4p目~12p目)

核心の4p目 5.11-、崎間リード。時刻は08:00。冷たかった岩は太陽からの輻射エネルギーを受け温かさを取戻している。連日の秋晴れで岩はカラカラに乾いている。この壁を登るに当たり、おおよそベストコンディションと言って差し支えないだろう。一手また一手と着実に高度を上げる。まだ足は痛くない。核心ピッチのオンサイトを目指し、僕なりにクライミング力を高めてきた。

かかりの良いエッジでレスト。つぎのホールドがずいぶん遠くに見える。つぎのボルトが遥か彼方に見える。ここで諦めてしまったら、今までの努力を否定することになりはしないか。掴んだホールドが剥がれてしまったら笑って誤魔化せばいい、出した一手で掴みそこねたなら頑張った自分を褒めることができる。自分からテンションするにはまだ早い。朝4時に起き、出社前にボルダリングジムに通った日々、いつも頭の片隅でこのピッチを登る自分を想像していた。少しだけ向上した筋力と技術を信じ、直感のままにムーブを組み立てる。努力が無駄ではなかったことを、自分自身で納得したい。ロープスケール45mの長いピッチではあるものの、ずっと核心部が続くわけではない。脆いホールドと信頼できるホールドの区別が付くようになってきた頃、終了点に到達し、気持ちとは裏腹な情けない声で「ビレイ解除」を伝える。やった。

5p目 5.10+、Eさんリード。少々傾斜の強いピッチ。フォローで登るとザックの重さがこたえる。6p目 5.10-、崎間リード。荷物の重さから開放され気持ちよく高度を稼ぐ。中間部に少々難しい悪い部分があり、行ったり来たりしながら逡巡していると、ビレイ中のEさんが「タバコ吸っていい?」と言い出したので面食らってしまう(冗談かと思ったら、その後、実際に吸っていた)。悪い部分はどうにか突破。7p目 5.10-、Eさんリード。トポにあるように出だしが少し細かいものの、さほどの厳しさはなく、このロケーションで登れることに心から楽しくなる。大峰山脈主稜方面を望むと、色とりどりの木々と谷が美しく、よく分からない何か大きな存在に感謝したい気持ちになる。7p目終了点でしばし休憩。

8p目 5.11-、ルート中2つ目のイレブンは、オーダーを変えてEさんがリードでトライ。傾斜が増した壁をエッジの効いたカチで登る。最初のちょっとしたハング部分を越えると、ビレイヤーの僕からはクライマーの姿が見えない。ハーネスに体重を預け、健闘を祈りつつ下降路の辺りを眺めてどう下るかなと考える。Eさんからかすかな声がした後、ビレイ解除のホイッスル。どうやらオンサイトに成功したらしい。このピッチのフォローはしんどい。

9p目 5.10、崎間リード。蓄積した疲れも相まって、ハングを左から右へ抜ける部分がけっこう厳しい。さらに30m、ロープが重い。冬の朝の布団から出たくないように、レストポイントから動きたくない。どうにかこうにか突破。10p目 Cont.、ありがたいことにフィックスロープが張られている。終了点には開拓者らが残した銘板が光る。

11p目 5.10-、Eさんリード。少々浮石の多いカンテライン。あたりに土や木が増え、山頂が近いことが伺える。12p目 Cont.、最後の終了点にもう一つの銘板。時刻は14:15。ついに完登。お互いにリードパートはすべてオンサイトできた。ロープを解除してフィックスロープ伝いに歩き、七面山東峰の山頂に立つ。達成感と安堵感。あとは無事に下山するだけだ。

▲4p目
▲緩んでいるボルトを増し締め
▲6p目
▲壁の反対側には宇無ノ川が流れる渓谷が美しい
▲10p目
▲11p目終了点間際
▲12p目終了点

(4) 下降

七面山から楊子ヶ宿小屋まで、不明瞭なトレースを辿って下り、コルから登り返す。思ったより時間がかかってしまい、15:45に小屋着。

さて、どうしようか。稜線にはガスが立ち込めている。今日の日没は17:00。日が落ちて20分もすれば暗闇になるだろう。1時間半でテン場の七面沢出合まで下降できる自信はない。デポされた水と食料もあるし、明日は下山のみなので、無理して今から降りる必要はない。11月の標高1600m地点でシュラフカバーのみで寝るのは寒そうだけれど、下降途中の沢で暗くなってビバークするよりは風雨をしのげる小屋の方が遥かに好条件だろう。楊子ヶ宿小屋泊を決める。

幸いにも小屋は貸切状態で、マットもあるのでなかなかに快適。小屋前の焚き火スペースで火を熾して温まる。夕食のジフィーズを食べると人心地つく。ガスは消えて月が明るい。19:30就寝。

▲ガスの稜線を楊子ヶ宿小屋へ向かう
▲楊子ヶ宿小屋
▲快適な小屋の内部

翌朝、11月2日 04:30起床。朝食のジフィーズをありがたくいただく。05:20、一晩お世話になった快適な小屋を出発し、少々迷いながらも順調に七面沢出合への沢を下る。すっかり明るくなった06:40、トポに「小さな滝があるので、ラペルかクライムダウンする」とあるあたりに到着。ロープを出して右岸の木を支点に20mの懸垂下降。

涸れ沢をしばらく進む。もしかしてこのまま七面沢出合のテン場まで戻れるのでは、という淡い期待は裏切られ、噂に聞いたゴルジュに突き当たる。下に大きな渕が見えている。巻道を探す。左岸は絶壁で取り付けず、右岸の樹林帯を登ると断崖に突き当たる。2ピッチの懸垂下降で、1日目の偵察で見たゴルジュ入口の10m滝の落口に出る。下降終了まであとわずか。左岸の木から10m懸垂下降し、少し歩いて2日ぶりにテントへと帰還する。ここから先は、何度か通った知っている道だ。

▲トポにある小さな滝
▲懸垂下降地点から振り返る
▲レンゲ谷ゴルジュ抜け口
▲ゴルジュを右岸から巻いて懸垂下降2ピッチ
▲レンゲ谷ゴルジュ入口の10m滝を左岸から懸垂下降
▲下降路周辺の地形図とGPSログ

感想

Long Hope開拓者のブログを目にするまでは、七面山という山の存在すら知らなかった。大峰山脈奥地での開拓記録を目にするにつれて興味が湧いた。2019年5月にルートが完成したと聞き、いつか登りたいと憧れのルートとなった。初めてこの地に訪れたのは2019年11月。林道で転倒して肋骨を負傷した上、間違えた沢を詰めてしまい偵察すらできなかった。2020年8月に2度目の偵察を行いようやく取付きまでたどり着け、やっとこのルートへのトライが現実味を帯びてきた。

大峰の山々は深い。山岳信仰は、あるがままの自然に神々が宿るとみなすことが出発点だという。神様がいるのかどうか知らないけれど、七面山南壁の圧倒的な存在感には神々しさを感じる。そんな人里はなれた巨大な岩壁に、平凡な人間が挑むためには、いくら努力しても十分ではない。ジムや岩場でのボルダリングに励んでフェイスクライミング能力を鍛えた。単独での沢登りでルートファインディング能力を磨いた。それでも常に不安がつきまとった。

この壁をフリークライミングできたことを誇りに思う。Long Hopeを登ると、いかに壁の弱点をつき、いかに適切な間隔でボルトが設置されたか理解できたし、剥がされた岩の跡にどれだけ開拓が大変だったのか垣間見ることができた。開拓者の方々に畏敬の念を禁じえない。山行に同行してくれたEさん、ありがとうございました。そして、いつも応援してくれる妻と娘に感謝いたします。とうちゃん頑張ったよ。

装備

  • 登攀用:シングルロープ9.2mm×60m、クイックドロー×18、行動食、水、シュラフカバー、防寒具、アプローチシューズ、17mmスパナ、GPS端末
  • アプローチ・幕営用:テント2人用、シュラフ、ウェーダー、火器、コッフェル、食料

備忘録

  • リボルト職人の端くれとして、クライミング途中にルート中すべてのボルトを点検し、緩んでいたボルト(計4本)は締め直した。
  • 楊子ヶ宿小屋には薄いマットが3枚、毛布が1枚置いてあった。
  • 楊子ヶ宿小屋から七面沢出合までの下降は、順調に進んで2.5時間程はかかる(4回の懸垂下降含む)。Rock & Snow 084や日本100岩場のトポに記載のある1時間で計画すると、大変な目に合うと思う。