鷹巣崖 そらもぐら

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体重を預けているフレークが剥がれたらどうしよう、あのスモールカムは墜落に耐えてくれるのか。不安と自信を天秤にかけながら、スラブチムニーをズリズリと這い上がる。

2013年

きっかけは娘のお宮参りだった。2013年秋、兵庫県高砂市(たかさごし)の鹿嶋神社へ生後100日のお参りに行った。今から9年前のことだ。神社の北側、鷹ノ巣山の中腹にその険崖を見た。鷹巣崖と呼ばれていることを後から知った。遠目から、崖の中央に右上する1本のクラックが切れ込んでいることが伺えた。高御位山頂の岩はたまに登られているようだけれど、鷹巣崖が登られているという情報は聞かなかった。いつか登りたいと思ったものの、慌ただしい日常に、そのおぼろげな気持ちはどこかへ消えてしまった。

▲遠くに見える鷹巣崖

2019年

既存のアルパインクライミングルートやスポーツクライミングのルートをトレースする経験をそれなりに積むと、何かもっと、創造的な登山をしたいと思うようになった(僭越ながら)。そんなとき、あの岩場のことを思い出した。

暑い夏の日、稜線の登山道から大トラバースし、柏の棘で傷だらけになりながら、初めて鷹巣崖の基部に立った。よく見ると、ボロボロのボルトラダーやハーケンが残置されていた。右上クラックには登られた痕跡はなかった。何度か訪問し、クライミング装備を身に付けてトライしたものの、大きなクラックに入る部分が脆く、恐ろしくて敗退した。

▲カムを残置して敗退したとき

2022年

諸事情が重なり、登山やクライミングという活動からしばらく離れていた。岩場はおろか、クライミングジムにも行かなくなり、体重は2年前に比べて7kgも増えていた。

2022年11月

苦しんでいた仕事が一段落したことをきっかけに、また、あの岩場に行きたいと思った。やりかけた課題を片づけたいと思った。稜線からではなく、谷側から樹林帯をたどってアプローチする道を見出し、何度か通うと踏み跡らしきものができた。

もともとあまりクライミングが上手くない上に、長らくサボっていたので、開拓は大変だった。ジョギングと筋トレを再開して体力づくりし、減量に励み、ロープワークを思い出し、眠っていた開拓ギアを引っ張り出した。グラウンドアップが理想的だったけれど、僕の実力ではとても無理なので、岩頭を回り込んでのラペルスタイルでルート整備と岩掃除に務めた。

▲グラウンドアップを諦めて上部から回ってルート整備

2022年12月

最も難しいだろうと目星を付けていた前傾クラック部分を突破できる方法を見つけたのはよかったものの、その上部のフェイスを続けて登るとさらに難しいことが判明し、これは自分の手には負えないかもしれないと思い始めた。

それでも、毎週末岩場に通い、トップロープソロでの練習を繰り返しているうちに、クライミングに必要な筋力が戻ってきたのか、徐々にムーブをこなせるようになってきた。カムの決まりにも自信が付いた。

12月最終週に、ロープソロでリードトライ。不安にかこつけて、さんざんトップロープソロでムーブを試しているので、未知への挑戦とは言い難かった。それでも、この誰も訪れないであろう岩場で単身リードすることのプレッシャーは大きかった。前傾クラックからフェイスに移るムーブには成功したけれど、その先でフォールした。あわよくば年内に完登したいという目論見は未達。翌年に持ち越しとなった。

2023年1月21日

食生活の見直しとジョギングと縄跳びとポケモンGOによって、3ヶ月前よりも体重は5kg落ちた。今日のトライのためにお酒もしばらく飲まなかった。逃げ出したいくらいに緊張しながら、いつものアプローチを歩いた。

入念にロープソロシステムを確認して、登攀を開始。体重を預けているフレークが剥がれたらどうしよう、あのスモールカムは墜落に耐えてくれるのか。不安と自信を天秤にかけながら、スラブチムニーをズリズリと這い上がる。人ひとり収まれる薄暗いドーム状テラスにもぐりこみ、空を見ながらレストする。

足元に広がる大きな空間に恐怖を煽られ、しっかり決まったキャメロット5番に勇気づけられ、ハンドジャムを目指して空間に体をさらす。何度も繰り返したムーブで前傾クラックをクリア。穴ガバを持ってトーテムカム緑をセットし、左右の手を交互にシェイクする。あと少し。今まで怖くて出せなかった右デッドが、今日は余裕を持ってポケットに届いている。さらに2手進み、最後のプロテクションをセット。ここまで来たら上に抜けるしかない。ウイニングランには程遠く、息も絶え絶えに終了点に着く。達成感と安堵感。人知れずガッツポーズをする。

1つの作品が完成した気がした。

  • ルート名:そらもぐら
  • グレード:5.10d(暫定)
  • 場所:鷹巣崖(兵庫県高砂市阿弥陀町)
▲鷹巣崖の場所
▲そらもぐら 5.10d(暫定)
▲被ったクラック部分
▲初登を支えてくれたビレイヤー
▲鷹巣崖を遠望