クライミング金属材料(3) 強度と安全率

最終更新日

前回に引き続き、クライミング関係の金属材料についてまとめます。今回は、強度と安全率についてです。

強度

力の単位

お手元のカラビナを眺めてみると、「kN ←→ 23」などの記号と数字が刻印されていると思います。「kN」は単位、「←→」は力が加わる方向、「23」は強度を表しており、この例では、長手方向(通常使う向き)に23 kNという力に耐えられる、という意味です。

▲クライミング用カラビナ。下側の軸に強度表示の刻印がある

力の単位kNは、kをキロ、Nをニュートンと読みます。kは1000倍の意味で、kg(キログラム)やkm(キロメートル)のkと同じです。Nこそが、力であることを表しています。数学や物理学に多大な発展をもたらした偉大な科学者アイザック・ニュートンにちなんだ単位です。

1Nとは、1 kgの質量に1 m/s2の加速度を生じさせる力のことなのですけれど、イメージしにくいですね。直感的には、1kgの重さを持ち上げるときに必要な力である1kgf(キログラム重)という単位の方が分かりやすいですが、よりユニバーサルな尺度であるNという単位が広く使われています。力の定義から

  • 1 kgf = 約9.8N

という関係があるので、1 kN = 1000/9.8 kgf = 約100 kgf = 約0.1 tonと換算できます。9.8というのがいきなり出てきてややこしいですけれど、これは地上の物体に働く万有引力によって発生する加速度(重力加速度)です。重さというのは引力による力なのです。

先のカラビナは23 kNという強度表示だったので、約2,300 kgの重量に相当する強度ということになります。4WDの5人乗り自動車が1,600 kg程なので、2,300 kgというのはこの約1.4倍です。23 kNがいかに大きな力かが分かります。

材料の強度

金属に限らず、材料の強度を確認したいときには、引張試験を行うのが基本です。長細い試験片を長手方向にゆっくりと引張り続け、引張る力(荷重)と試験片の変形(変位)を調べると、図1のような関係が得られます。最も重要な強度の指標は、耐えうる最大荷重です。一般に、強度と言う場合には、この値を指します。

▲図1 引張試験時の荷重と変位の模式図

いろいろな材料の引張試験を行えば、それぞれの材料がどれくらいの荷重まで耐えられるか調べることができます。ただ、試験片のサイズが大きければ荷重も大きくなるので、荷重の値そのものを直接的に比較しようとすると、材料の寸法を全てそろえておく必要があったりという不都合がでてきます。

そこで、試験片の大きさによらない尺度として、荷重を断面積で割った値が用いられます。これを「応力(おうりょく)」と言います。力(単位:N)を面積(単位:m2)で割りますので、単位はN/m2となります。これを略してPa(パスカル)とすることもあります。金属材料の場合、例えば構造用炭素鋼だと引張試験での最大荷重に相当する応力(= 引張強さ)が400,000,000 Pa程度はあるため、Paだと 数字が大きくなりすぎます。そこで、1000,000倍を表すM(メガ)をくっつけて400 MPa(メガパスカル)と表記するのが一般的です。

話は逸れますが、天気予報で台風の中心気圧が950 hPa(ヘクトパスカル)だとか耳にすることがあるかと思いますが、これも同じく単位面積あたりの力のことを意味しています。気圧は空気の重さによる力です。ヘクトというのは、キロと同じような接頭語で、100倍を表します。気体の場合は、応力とは呼ばずに圧力や気圧という呼び方をするものの、単位面積当たりの力という意味合いは同じです。さらに話は逸れますが、小学校で習ったdl(デシリットル)のデシというのは、10分の1を表す接頭語です。

応力を英語でStress(ストレス)と言います。金属材料に力を加えた場合、ある程度の範囲までは、ストレスを途中で取り除いてやれば元の状態に戻ります。しかし、ストレスがその金属の限界点を超えてしまうと、ストレスを除いてももう元には戻れなくなってしまいます。さらにストレスをかけ続けると、いよいよちぎれて壊れてしまうのです。なんとも人間味があるように感じてしまいます。

安全率

安全率とは

不確定要素があるので、マージンを余分めに確保しておきましよう、という尺度となるのが安全率です。例えば安全率が2だとすると、本当は200kgの人が乗っても壊れない椅子を、100kgの人までしか使用しないでください、という表記になります。

安全率を大きくとりすぎると、その分だけ強度を大きくする必要があり、分厚く頑丈な、場合によっては過剰な構造になってしまいます。かといって安全率を削りすぎると重大な事故になりかねません。安全と性能のせめぎあいこそがエンジニアリングです。

クライミングにおいても、クラックを登るときにカムを沢山セットしていつでも墜落できるようにする人もいれば、ここぞというときにだけ設置する人もいますし、カムやロープを全く使用しないフリーソロで登る人も極まれにいます。フリーソロの安全率は1、カムを実力の5倍以上セットすると安全率は5とみなせます。安全率を上げれば安心ではありますが、その分装備は重くなるし、セットの時間もかかって効率は落ちてしまいます。

▲ハーフドームの北西壁を登るアレックス・ホノルド。23歳でこの有名な「レギュラールート」をロープなしで登り切り、ロッククライミング界のヒーローとなった[1]NATIONAL GEOGRAPHIC 2011-05, p. 84

クライミングギアの破断強度

クライミングギアには23 kNや10 kNという強度表示があるものの、実際にどれくらいまで壊れず使えるのか興味があるところです。ロストアローのWebサイト[2]ブラックダイヤモンド, QCラボ:クライミングギアの真の強度とM. Mayらの論文[3]M. May, S Furlan, H. Mohrmann, G.C. GanzenmullerTo replace or not to replace? – An investigation into the residual strength of damaged rock climbing safety equipmentEngineering Failure Analysis … Continue readingに破壊強度試験のデータが記載されていましたので、図2に表示強度と破断強度の関係をグラフ化しました。

▲図2 金属製クライミングギアの表示強度と破断強度

図中の実線は、ちょうど表示強度と破断強度が同じ(安全率1)となる線です。プロットはこの線よりもやや上にありますので、表示強度よりも実体強度の方がやや上回ることは明らかですが、表示と比べてさほど離れていない範囲で破壊しています。クライミングギアの強度表示に安全率はかかっていない、つまり破断強度が表示されている、とみていいでしょう。

工業製品の破断強度

工業製品の場合はどうでしょうか。アイボルトのJIS規格B 1168の解説には、呼びM12〜M24のアイボルトについて、使用荷重と破断荷重が記載されていましたので、クライミングギアの場合と同様にグラフ化してみました(図3)。横軸は先程のグラフと合わせていますが、縦軸はスケールが大きく異なりますので注意してください。アイボルトの場合、使用荷重(= 表示荷重)と比べて、はるかに破断荷重(= 破断強度)が大きいことが分かります。

▲図3 工業用アイボルトの表示強度と破断強度

アイボルトの場合は安全率5以上の強度が表示されているということです。したがって、表示の数値だけを単純に比較して、クライミング用だから強度が高い、工業用だから強度が低い、とは一概には言えません。

安全率の中には、法律によって規定されているものがあります。例えば、エレベータのかごを釣るロープは建築基準法によって安全率10と定められていますし、クレーン用フックやシャックルは労働安全衛生法下のクレーン等安全規則により安全率5と定められています。

クライミングギアの場合はどのように使用するかが状況によって大きく変わるので、破断強度を表示しておいて、使用者が状況に応じて安全率を適切に設定して使用してください、ということなのだと思います。表示強度ギリギリまで荷重が加わるような使い方は避けた方が良いでしょう。カラビナ1つで済む所にバックアップでもう1つカラビナを追加するだけで、安全率は2倍になります。

品質面でどれだけ管理されているかという点はコストに直結しますので、高価な、言い換えるとそれだけ品質管理がなされているクライミング製品の方が安心です。また、アイボルト等の工業製品は特定の条件で使用するように設計してあるため、岩に埋め込むアンカーとして使用したりするには、やはり不向きです。

まとめ

クライミングに関する金属材料の知識として、強度と安全率について書きました。

  • クライミングギアに表示されているkN(キロニュートン)は力の単位。1 kNは約0.1 ton。
  • クライミングギアに表示されている数字は破断強度なので、使用者が適切に安全率を考慮する必要がある。

シリーズ一覧

改定履歴

  • 2020-05-19: 公開

References

References
1NATIONAL GEOGRAPHIC 2011-05, p. 84
2ブラックダイヤモンド, QCラボ:クライミングギアの真の強度
3M. May, S Furlan, H. Mohrmann, G.C. GanzenmullerTo replace or not to replace? – An investigation into the residual strength of damaged rock climbing safety equipmentEngineering Failure Analysis (2016), 9-19